日系企業の欧州M&A・PMIはなぜ難しいか|M&Aガバナンスの共通課題を読み解く(2026年3月12日開催セミナーの振り返り)

2026年3月12日(木)、JCC・JETRO・TGO Partners・IKG FASの共催により、「欧州ロールアップM&A戦略およびPMI事例セミナー ― 海外子会社ガバナンスの実務を踏まえて」をアムステルダムにて開催しました。在オランダ日系企業のマネジメント層を中心に多数の方にご参加いただき、QAでは時間内に収まらないほど活発な議論が展開されました。本稿では、セミナーの内容、QAから見えてくる日系企業共通の課題について論考します。
第1部:欧州ロールアップM&A戦略と地域別チャンス
弊社代表・藤後より、欧州中小規模M&Aの環境とソーシング実務について解説をしました。
欧州ミドルマーケット
EMEA全体のM&A件数(2025年)は約19,000件、うち98%がディールサイズ250Mユーロ以下のミドルマーケット案件です*1。案件は豊富にある一方、日系企業へのリーチは依然として難しく、背景には「誰が責任を持って進めるか」が曖昧なM&A推進体制の問題があります。M&A推進体制を整え、責任を明確化させることがまず戦略検討の第一歩目となります。
ソーシング実務
M&Aソーシング実務として、オークション、売り案件、自社のパイプライン構築の3つのチャネルがあります。ミドルマーケットについては、売り案件、自社のパイプライン構築が一つキーとなってきます。欧州にはローカルM&Aブティック(20名以下程度のM&A専門アドバイザー)が数千社あると言われており、そこにアクセスするのが一つのソリューションです。ただ、日本語対応可能なアドバイザーはほぼいないことが課題です。この点、TGO Partnersは、希少な日本語対応可能な欧州ミドルマーケットへのアクセスが可能であり、日系企業のソーシングをサポートしています。
欧州M&A戦略
欧州M&A戦略は「市場・バリューチェーン・地域」の3軸で整理することが有効で、フランスSPIEのように年間5〜9件のM&Aを積み重ねて「断片化した市場を統合する」ロールアップ戦略は、日系企業にとっても示唆に富む事例です。欧州でビジネスをしていると肌で感じると思いますが、EU単一市場5億人と言われますが、各国の色が全く異なるので、単一市場とくくるのは難しいのが実態です。
第2部:PMIの成功事例と失敗事例 ― 海外子会社ガバナンスの実務を踏まえて
IKG FAS代表・池上氏より、PMI現場のガバナンス実務について解説がありました。日系企業の海外M&A成功率は37%(経産省、2018年)にとどまります*2。すれ違いの根本には、合意形成型の意思決定・駐在員制度・メンバーシップ型雇用という構造的差異に加え、日本とオランダ・ドイツの間にあるハイコンテクスト対ローコンテクストのコミュニケーションギャップがあります。対応策として、①トップによる直接訪問とビジョンの継続的な説明、②キーパーソン間の定期的な双方向対話の場の設置、③権限規定(DOA)の簡潔な文書化と徹底した運用、の3点を事例とともに紹介がありました。
QAセッションから見えてきた「日系企業の共通課題」
セミナー後のQAでは、参加企業の皆様から多数のご質問・ご発言をいただきました。当日は議論が大変活発で、時間内に収まらないほどでした。参加者の多くが欧州でのM&AやPMIを実際に経験されており、その現場感のある声は、我々にとっても大きな学びになりました。
「PMIの成功・失敗」をどう定義するか
「PMIの成功とは、どう定義すべきか」という本質的問いがありました。これは経産省の調査(2018年)における設問で、「買収時に設定した目標のうち8割以上達成した」を成功と定義したものです。PMIには終わりがなく、二分法で評価するものでもありません。「当初の目的がどこまで達成されているか」という程度問題として捉えるべきであり、参加者の皆様もこの認識を共有されていたことが印象的でした。
改めて、この問いには、以下が参考となると弊社は考えています。
① 企業価値向上に資するか
投資家から預かったお金の価値を最大化することが究極の目的と捉えると、M&Aが企業価値を向上させたかどうか、というのが一つの答えとなります。ただ、個別のM&Aが企業価値にどう貢献するかの測定は容易ではありません。特に事業が多岐にわたるコングロマリット企業では、個別M&Aの貢献を切り出して評価することは困難です。
具体的なアプローチとしては、サム・オブ・ザ・パーツ(SOTP)として事業部や評価単位ベースの企業価値に分解して測定する方法があります。さらにその延長として、疑似的なEPS(Earnings Per Share、一株当たり純利益)を設定するという方法も考えられます。本来のEPSは発行済株式数が必要です。しかし、たとえば欧州事業全体や買収した事業単位の純利益を、一定の疑似発行済株式数で割ることで、「この買収がグループのEPSにどれだけ貢献しているか」を疑似的に可視化することができます。あるいは、買収前のバリュエーションで前提としたシナジー(売上貢献・コスト削減・EBITDAマージン目標など)をKPIとして引き継いで追いかける方法もあります。「買収時点で何をもって成功とするか」を測定可能な形で合意しておくことが、PMIを評価可能なプロセスにする一つの実践的な方法となります。
② より本質的には、「なぜ欧州で事業をしているのか」という問い
M&Aの成否をどう定義するか、という問いを突き詰めると、より根本的な問いに行き着きます。それは、「そもそも自社はなぜ欧州で事業をしているのか」という問いです。
欧州に進出している日系企業の理由は様々です。市場へのアクセス、技術・ノウハウの獲得、コスト優位性のある生産拠点の確保、あるいはグローバルブランドの構築。しかしPMIの現場を見ていると、この「存在理由」が現地に十分に伝わっていないケースが少なくありません。本社は戦略的意図を持って買収したはずなのに、現地の従業員には「なぜ日本の会社に買われたのか」が腑に落ちていない。第2部の事例で触れたように、これがPMIの最初のつまずきになります。
PMIの成功を測る上で、財務的なKPIは必要条件です。しかし十分条件は、買収した企業が欧州における自社の存在意義の中に有機的に組み込まれ、現地のメンバーがその文脈の中で自分たちの役割を理解し、納得して働いている状態ではないでしょうか。数字で測りにくいこの「納得感」こそが、長期的なPMIの成否を左右する要素だと、現場の経験から感じています。
「任せる」スタイルの成否はビジョン共有にかかっている
「任せる経営」と「管理する経営」のどちらが成功しやすいか、という議論が起きました。ある参加者から「本社がビジョンを示さないまま任せると、現地側は放置されたと感じる。本社への不満が第三者(外部アドバイザー)にだけ出てくることがある」というリアルな声がありました。「任せる」と「ビジョンを示す」は対立しません。明確なビジョンがあってこそ権限委譲が機能します。本社が語るべきことを語らないまま「任せる」を標榜しても、現地側は方向を見失います。「言わなくても分かるはず」という日本的な前提が、ローコンテクストな欧州では通じないという構造問題の典型例です。
フロント業務と管理業務の分離
統合スタイルとして「完全インテグレーション」と「分権型(任せる)」のどちらが適切かというご質問に対し、「フロント(営業・事業)は現地に任せ、バック(経理・財務・法務)はグループとして面倒を見る」という分離型アプローチが有効なケースが多いという話が出ました。ただしこのモデルが機能するには、本社の事業責任者と現地マネジメントが月次・週次ベースで直接対話する場を設け、ビジョンとフィードバックを継続的に伝え続けることが前提です。訪問しても形式的な会議で終わり、「いいアイデアだね」と言いながら何も変わらない経験が続くと、現地側の信頼は急速に失われます。
日系企業に勤務しているオランダ人と話をしていると、日本人はフィードバックがない、という話をよく聞きます。日本人サイドからすると、フィードバックをしているつもり、というコミュニケーションの在り方の違いがあります。
駐在員の交代がガバナンスの継続性を脅かす
「マネジメントの断絶」という言葉も印象的でした。ディールの段階まで関わっていた人が買収後に変わり、さらに1〜2年で駐在員も交代する——この繰り返しが、現地との信頼関係の積み上げを困難にします。実際、経産省の調査でも「買収後のマネジメント維持」は失敗要因として高い割合を占めています。日系企業特有の駐在員ローテーション文化と、ジョブ型雇用を前提とする欧州のキーパーソン文化の衝突でもあり、「ビジョンを語れる人」が継続的に現地と関わる仕組みをどう作るかは、多くの企業が直面する現実的な課題です。
PMIが「うまくいく国」は存在するか
「欧州の中でPMIがやりやすい国はどこか」というご質問に対し、率直な結論は「どこだからうまくいく、という国はない」というものでした。日本とのコミュニケーションギャップは文化的・地理的な遠さに依拠しており、欧州のどの国においても同様の苦労があります。強いて言えば英語が通じる英国・オランダは言語的な障壁が低い分、多少の優位性があります。また「国を選んでからM&Aを探す」のではなく「欲しい事業・機能がたまたまドイツにあった」という事業戦略起点での国選びが現実的であるという指摘も、参加者の共感を集めました。
買収前からの関係性構築が統合を助ける
「既存の取引先やサプライヤーとの関係をベースにM&Aを進めると、統合がスムーズになる」という経験談も共有されました。全く縁のない企業よりも、すでに利害関係があった相手であれば地理的・規制的な理解も進んでおり、初期の信頼構築が格段に早い。これはパイプライン型ソーシングを能動的に行う企業が中長期的に高い成果を上げる理由とも一致します。
総評:日系企業の「文化」がM&AとPMIの課題を生む
本セミナーのQAを通じて改めて実感したのは、参加各社の課題の各論には差異があっても、その根っこにある構造は驚くほど共通している、ということです。
日系企業は総じて、「察する文化」「合意形成型意思決定」「メンバーシップ型雇用」「ローテーション制の駐在員」という4つの特性を持ちます。これらは日本国内では強みとして機能しますが、欧州においては、意思決定の不透明性、ビジョンの不伝達、権限の曖昧さ、継続的な信頼関係の構築困難という形で顕在化します。
この「文化的ギャップ」を完全に解消することはできません。しかし、その存在を認識し、明文化・対話・仕組み化によって埋めていくことは可能です。権限規定や報告ルールの明文化、キーパーソン間の定期的・継続的な双方向対話、フロントとバックの役割分担の明確化——いずれも一朝一夕には整いませんが、駐在員の交代タイミング、問題発生のタイミング、外部専門家の活用など、「変えるきっかけ」は必ず訪れます。大事なのは、その機会を捉えることです。
欧州M&Aの成否は、買収前のソーシング力と同じくらい、あるいはそれ以上に、買収後のガバナンス設計にかかっています。本セミナーが、その一つのきっかけとなれば幸いです。
TGO Partnersでは貴社のM&A・PMIに関する欧州展開をサポートします。ぜひお気軽にご相談ください。

弊社代表・藤後
*1: Deal Drivers: EMEA FY 2025
*2: デロイトトーマツ/経済産業省 海外M&A研究会(2018)
