本記事は、Ansarada社が発行した「European M&A Outlook Report 2025」および欧州の主要M&A専門家13名へのインタビュー調査を主要ソースとして作成しています。
エグゼクティブサマリー
2024年、欧州M&A市場は明確な回復基調を見せ、取引価値が前年比で上昇に転じました。インフレ圧力の緩和により中央銀行が金融政策の緩和を開始し、2021年末から続いた下降トレンドからの脱却が確認されています。
2025年の欧州M&A市場は、日系企業にとって重要な投資機会となる可能性があります。
本記事では、欧州の第一線で活躍するM&A専門家13名の最新インサイトをもとに、市場動向と投資機会を解説します。
📚 この記事の内容
1. 2025年欧州M&Aを動かす4つのキートレンド
💰 トレンド1: 金融環境の改善が大型案件を後押し
中央銀行の段階的な金融政策緩和により、融資条件が改善し、ディールメーカーの取引への信頼が回復しています。米国・EUでの利下げがレバレッジドローン活動を促進し、2024年のM&A復活を後押ししました。
PEファンドは近年最高水準のドライパウダーを保有しており、投資家からの資本展開圧力により、2025年はより多くの案件実行が期待されています。なお、ドライパウダーとは、PEファンドや投資ファンドが調達済みだが、まだ投資に使われていない現金のことを指します。
日系企業への示唆:
- 買収資金調達コストの低下メリット活用
- 競合入札における価格競争激化への準備
- より大型案件への参加機会拡大
🚀 トレンド2: テクノロジーがM&Aの最前線を牽引
パンデミック以降、テクノロジーは最も重要なディール推進セクターとして確固たる地位を築いています。AI技術の本格的な普及により、この傾向はさらに加速しています。
AI技術はディールメーカー自身の業務にも影響を与えており、デューデリジェンスでのターゲット発掘、リスク評価、手作業プロセスの加速化に活用されています。
日系企業への示唆:
- AI・デジタル技術企業への投資機会検討
- 既存事業とのテクノロジーシナジー評価
- 欧州のイノベーションハブへの注目
🔄 トレンド3: 業界統合による競争力強化
マクロ経済・地政学的不確実性の影響を受けた業界では、統合による効率化と規模の経済追求が活発化しています。小売・消費財から不動産・金融サービスまで、幅広いセクターで有意義なM&Aが予想されています。
この動きは必ずしも業績不振企業に限定されず、市場環境の変化に対応するための戦略的な事業ポートフォリオ見直しが要因となっています。
🌍 トレンド4: ニアショアリングと新たなクロスボーダー動向
パンデミックとロシアのウクライナ侵攻がグローバルサプライチェーンの脆弱性を露呈し、ニアショアリング関連M&Aが増加しています。ニアショアリング(Nearshoring)とは、企業が生産拠点やサービス拠点を、自国により近い国・地域に移転または設立することを指します。
トランプ政権第2期の保護主義政策により、米国での国内投資・関連M&Aが促進される一方、貿易摩擦の拡大により一部のクロスボーダー案件が抑制される可能性があります。
日系企業への示唆:
- 欧州内でのサプライチェーン構築機会
- 地政学的リスク分散としての欧州投資価値
- より戦略的・ターゲット型の国際M&A必要性
2. 地域別市場動向と投資機会
🇩🇪 ドイツ:大型案件が市場を牽引
ドイツでは最近、大型取引が相次いで発表されています:
- ADNOCによるプラスチック製造業者Covestro買収
- TPG・GICによるエネルギーメーター製造のTechem Group買収
- DSVによるドイツ鉄道物流事業DB Schenker買収(約150億ドル)
これらの案件は、ブリッジファイナンス機構によりほぼ全額調達され、その後の増資により成功裏に実行されました。こうした資金調達メカニズムの成功は、今後の案件増加を後押しすると期待されています。ブリッジファイナンス機構(Bridge Financing Mechanism)とは、M&A取引において、買収資金を一時的に調達するための短期融資の仕組みのことを指します。
🇬🇧 英国:Brexit後の新たな投資環境
英国では予算発表を前に、キャピタルゲイン税の変更の影響を受ける可能性のある家族企業等で売却活動が活発化しました。2025年前半には活動の増加が予想されています。
米国選挙結果の決定により、市場の信頼が回復し、より多くの前向きな市場感情と創造的なディールメイキングが見込まれています。
🌍 中東欧(CEE):ニアショアリングと事業承継機会
CEE地域では、ニアショアリングが投資家にとって人気の選択肢となっています。コロナ禍、ウクライナ戦争、中国との地政学的緊張により、回復力のある現地サプライチェーンの必要性が高まっています。
📊 注目すべき統計
事業承継の大きな機会: CEE市場では企業の最大80%が第一世代の手にあります(西欧では20-30%)。今後数年間で大きな事業承継の波が予想されています。
🇸🇪 北欧:バイオテック・イノベーション拠点
北欧諸国では、医薬品・バイオテック分野で国際投資家の関心が急速に高まっています。この地域の堅固な研究開発エコシステム、官民両セクターからの優れた研究投資、グローバル製薬大手の存在が市場魅力を高めています。
3. 有望セクター分析
💻 テクノロジー・メディア・通信(TMT)
TMTセクター、特にテクノロジーは、取引件数で継続的にトップパフォーマンスを記録しています。企業が成熟期に入り、一貫したスタートアップパイプラインが市場を活性化させています。
🔥 注目トレンド:データセンター需要の急拡大
AI技術の発展により、データセンター需要は止まることを知らない成長を続けています。ただし、これらのセンターとAIブームを支えるために必要なエネルギーは膨大で、成長の制限要因となる可能性があります。
🏥 ヘルスケア・医薬品
ヘルスケア・医薬品セクターは、堅調な収益性と高い成長マージンを維持しており、特にイタリアの断片化した医療機器市場では主要ファンドの関心が集中しています。
🏭 産業・製造業
2025年の産業セクターでは、精密機器・高付加価値製品の重要なアプリケーション向け製品を手がける企業群が特に注目されています。イタリアでは、優れたマージンと高級品生産、研究・イノベーション能力を持つ企業群が投資活動を牽引しています。
🌱 再生可能エネルギー・インフラ
脱炭素化目標達成に向けた投資需要が継続的に拡大しており、南欧での太陽光、風力、グリーン水素プロジェクトが大きな関心を集めています。
インフラ投資は魅力的な長期投資として非常に安定したリターンを提供するため、PEにとって理想的なソリューションとなっています。
4. FDI(外国直接投資)規制の強化とその影響
⚠️ 規制環境の劇的変化
2016年時点でドイツにはFDI規制がほとんど存在しませんでした。一定の規制は存在していたものの、実務上はほとんど関連性がありませんでした。現在の状況は大きく異なり、大型案件でFDI規制の対象とならないものはほとんどありません。
これはドイツに限らず、欧州全体で同様の傾向が見られます。筆者が在住しているオランダにおいても、航空運輸、原子力、量子力学、半導体、軍事物資などは、規制されており、規制対象は増加してきています。
🔧 FDI規制への実務的対応
ディールメーカーは現在の環境に適応する方法を開発する必要があります。過去数年間で経験を積み、政府が特定の取引にどのように反応するかを予測する能力が向上しています。例えば、FDIリスクを考慮した異なる構造のブレークフィー(break fees)の設定などが行われています。
独占禁止法とFDI規制の違い
独占禁止法には長い法的実務と判例法の歴史がありますが、FDI規制にはそれがありません。FDI規制の緩和は近い将来には見込まれていない、と語られています。
🌍 地域別FDI規制動向
スペインでの規制強化
スペインでは最近、ハンガリーのコンソーシアムによる鉄道車両製造業者Talgoの買収提案を国家安全保障を理由に阻止しました。このような介入はますます頻繁に発生しています。
EUの新たな規制:外国補助金規制
2023年、EUは非EU諸国政府から補助金を受けた企業を調査可能な新たな外国補助金規制を施行しました。これは独占禁止法とFDI審査を超えた第3の次元として欧州M&Aに影響を与えています。
スウェーデンの新FDI規制
スウェーデンでは新たな外国直接投資規制が施行されており、これは比較的安定した投資環境であるスウェーデンにおいて、外国投資とM&A活動を抑制する可能性のある主要な障害と考えられています。
この新規制の展開はまだ初期段階にあり、外国投資に関連する「国家安全保障」の定義が明確に定められていないと考えられています。
5. 主要リスク要因と課題
🌍 地政学的リスク
EU商品・サービスへの輸入関税導入の可能性があり、米欧貿易戦争は可能性として存在します。ただし、EU経済の利益を考慮すると、その可能性は低いとの見方もあります。
💰 評価ギャップの存在
買い手と売り手の間で評価期待値のギャップが依然として存在しています。売り手は2021年の高い評価水準を維持している一方、買い手は高金利・インフレを考慮した現実的な評価を求めています。
💡 創造的解決策の活用
- アーンアウト取引の普及:取引の初期価値を削減し、資産のパフォーマンスに基づく残余対価の支払い
- 段階的対価支払い構造の採用
🔍 デューデリジェンスの高度化
新たな規制(企業持続可能性報告指令CSRDなど)により、ESG要因がデューデリジェンスの標準部分となっています。
サイバーセキュリティ・データプライバシー
GDPRの厳格なデータプライバシー規制により、サイバーセキュリティとデータプライバシーが重要課題となっています。
AI技術の活用と課題
AI技術により効率性向上・手作業負荷軽減・深い洞察が可能になる一方、サイバーセキュリティ・プライバシーリスク、データ品質依存性、雇用への影響という課題も存在します。
6. プライベートエクイティ市場動向
💼 記録的ドライパウダーと投資圧力
欧州PE活動は記録的レベルのドライパウダーと資本展開への切迫感により大幅な回復が見込まれています。テクノロジー、クリーンエネルギー、ヘルスケアなど堅調な成長ポテンシャルを持つセクターへの競争が激化しています。
📈 セカンダリーバイアウトとカーブアウト
- PE企業間での価値創造最大化を目指すセカンダリーバイアウト増加
- 大企業によるノンコア資産売却の欧州M&A市場における重要な推進力化
📉 エグジット環境の変化
多くの過去のIPOが期待を下回る結果となったため、金融スポンサーのエグジットが困難となっています。IPO発行価格を下回る売却を余儀なくされるケースもあり、IPOエグジットの減少と案件バックログの蓄積につながっています。
🔄 継続ファンド
この課題に対応するため、継続ファンド(既存ファンドの資産を同一ファンドマネージャーが運営する新設ファンドに売却・移管)が注目を集めています。
7. 日系企業への戦略的示唆
🎯 投資機会の優先順位
🔥 高優先度セクター
- テクノロジー: AI・サイバーセキュリティ・データセンター関連
- ヘルスケア: 医療機器・デジタルヘルス・バイオテクノロジー
- 産業: 精密機器・高付加価値製品・産業オートメーション
- 再生可能エネルギー: インフラ・エネルギー貯蔵技術
🌍 注目地域
- ドイツ: 製造業・技術領域での大型案件機会
- 英国: Brexit後の割安資産取得機会
- 北欧: イノベーション企業・バイオテクノロジー分野
- CEE: ニアショアリング・事業承継機会
⚠️ リスク管理のポイント
FDI規制対応
- 2016年以降の劇的な規制環境変化への対応
- 案件構造におけるFDIリスク考慮(ブレークフィー設定等)
- 各国の規制動向モニタリング(特にスウェーデンの新規制等)
規制・コンプライアンス
- ESG・CSRD等新規制への対応体制整備
- サイバーセキュリティ・データ保護の強化
- 専門アドバイザーとの継続的連携
🤝 取引実行戦略
評価ギャップへの対応
- アーンアウト構造等創造的取引手法の活用
- 段階的取得によるリスク分散
- 現実的な評価水準での案件検討
デューデリジェンス高度化
- ESG・サイバーセキュリティDDの重視
- AI技術活用による効率化検討
- 文化的適合性評価の強化
まとめ:2025年欧州M&A市場の展望
2025年の欧州M&A市場は、金融環境の改善、テクノロジー革新の加速、業界統合の進展、地政学的変化への適応という4つの主要トレンドにより形成されます。
日系企業にとって、この市場環境は技術革新への投資、持続可能性への取り組み強化、グローバルサプライチェーンの再構築という戦略目標達成のための重要な機会となります。
🔑 成功の鍵
- 市場トレンドの正確な理解と迅速な対応
- 地政学的リスクと規制変化への適応
- 創造的取引構造による評価ギャップ解決
- ESG・テクノロジー要因を考慮した統合的アプローチ
2025年は、適切な準備と戦略により、日系企業が欧州市場で大きな成果を収める可能性に満ちた年となるでしょう。
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